![]() 先日、五年ぶりに西武池袋線に乗る。列車は、池袋をでるとすぐ立体高架橋の上をはしる。車窓の眺めは、随分と変わってしまった。学生の頃の沿線風景は、とうになくなっているし、椎名町、付近をまるで、家並みをかするように疾走する感覚は、当然なくなっていた。そんな池袋線は、いわば下駄履き感覚の列車だった気がする。 暫くすると、わたしは、身体を斜めに車窓の光景に目を凝らしていた。流れの中に見えた、日芸は、いままさに、高層建築の学舎へと、工事用のフェンスに覆われている。日芸が日芸である為にも、江古田とうい場所が一番似合う。やはり、芸術を学ぶ環境は、猥雑でごちゃごちゃした街中が相応しい。日芸は、このまま江古田の喧騒と雑踏の中で、いかがわしい環境とともに存在して欲しい。玉石混交、大人の遊園地として、今後も、その特異な存在を日本の芸術文化の中で占めていくべきだ。そして、好き勝手にやらせる学校でありつづけて欲しい。そこが梁山泊であればこそ、何よりも芸術を志すものの若き日の糧となるものだから。 そんな思いにふけりながら、すでに列車は、かって見慣れた風景の中を走りつづけていた。ちらほら畑が見え出したのだ。わたしは、目的地、Hで降りた。駅前をわずか離れるとビルの谷間に野菜畑が、まるで花壇のごとく広がっている。強欲な地主が立っている姿が浮かんだ。戦後の食料不足の混乱期、わずかばかしの食べ物を求め、焼け跡に残されたなけなしの物品を手に、買出しにくる都会人から、あくどく、サッマイモと交換したのは、こんな地主だったのか。都会が非人間性、悪で、田舎が人間性ある、善なる図式を、わたしは、まったく信じない。花畑のような野菜には、虫食いの痕跡は見当たらなかった、、、 - 習作、樹脂に彩色 (1972年 ) - |
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