アクセスカウンタ

窯ぐれ

プロフィール

ブログ名
窯ぐれ
ブログ紹介

は、陶芸のみならず日本の美術、芸術の社会的基盤その構造現場において、文化としてのあるべき "かたち" をもとめます。ひとがひとである為に、そこに堆積されるもの全ては、批評と評価の対象であり、自らもまたその歴史の文節を担うものであります。

羽鳥 誠 (プロフィール) 

All Copyrights Reserved (c) HATORI Makoto , 2005-2017


zoom RSS

素描、変わらぬもの

2017/11/14 12:12
習作のための素描、これは、大学時代のもの。そこに技巧はない。ものの見方は変わっていない。下のものは、50年ぶりに、太平洋で描いたもの(その間、素描そのものは折に触れてやる)。技法について、人の殺傷を目的とする戦技には、必要なるそれも、日本古来の武道には不要である、その要諦からは、ものをみるという行為との共通性がわかる。対象を引きずり込んで捏ね回すという概念の愚かさ。

画像


Makoto Hatori Drawings
画像
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


素描、対象からの離脱

2017/11/10 11:29
クロッキーにおける臨場感の本質性、これ如何に大切であるか。リアリティなき描線、それは、木偶の写しなるに等しいものか。名庭を造る庭師は、草木を眺ること数時間、庭鋏を動かすこと数分である。対象をおのれの自我と対話させるとは、そのような時間的、空間的存在にあるということか。今週は、体調不良体調不良のため、休むことにした。これは、先週のさらに一枚である。

画像
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


素描、臨場感の欠如

2017/11/06 11:20
クロッキー、、対象と向き合う、対話をするその場の必然性、そこにおいての場所性というものは必須である。場を離れた途端その必然なる対象は存在をしないわけである、存在なきものを存在させるとは空疎なる幻影に過ぎないものとなる。それをあたかも対象を前にして一枚の紙に定着させたかのごとく、速写とは何たるか理解できない行為、状態性というものを無視、固定した屍としか捉えることのできないもの、その描線は、予習も復習もありえないということなり。

今週の一枚
画像
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


素描、今週の今週の一枚

2017/11/01 11:34
またまた、興の湧かない対象なり。市中、異形の体型をみるにつけ、その対象の持つ造形的素晴らしさに懇願したい衝動に駆られる。


Drawings by Makoto Hatori on Flickr

画像
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


素描、今週の一枚

2017/10/29 16:09
週遅れの掲載となってしまった。そも興の湧かない対象なり。舞うことを知らぬ、その通俗的手踊りの繰り返しに飽いた。これは、塊として捉えた、これに尽きると、そんな一枚か。状態性を必死に受け止める、その手段として、対象自体の場所性、その部分の移動を湧き上がる他者性を捉える、、、


Drawings by Makoto Hatori on Flickr

画像
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


素描、今週の一枚

2017/10/18 10:59
掴みどころの乏しい対象、塊としてのそれが欲しい。ゆえ歪なるものに惹かれる、屈する対象に生まれる塊の移動に漸く対話らしきものが芽生える。

Drawings by Makoto Hatori on Flickr

画像






記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


素描、今週の一枚

2017/10/11 11:15
舞うことなきその姿、対象との緩やからる対話成立せず、身体性が感じられない、魂なき木偶の如し。

Drawings by Makoto Hatori on Flickr

画像
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


続きを見る

トップへ

月別リンク

窯ぐれ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる